「場所貸しビジネス」の終襲と、人間回帰の定着戦略――コンビニ化した業界が忘れた「教育」と「物語」の再構築
- isokari3

- 16 時間前
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1. 溢れる施設、枯渇する顧客:フィットネス業界の「異常事態」
フィットネス業界を見渡せば、今や「コンビニよりも多いのではないか」と錯覚するほどの勢いで、24時間ジムや2,980円の格安ジムが乱立しています 。実際に日本のコンビニ店舗数は約5万5,000店舗で高止まりしていますが、フィットネス施設はここ数年で1万5,000店舗に迫る勢いを見せています 。
コンビニは日常の「ついで買い」という多頻度な需要を支える、いわば全住民を対象としたインフラです 。しかし、フィットネスは違います。運動という、本来は「しなくても生きていける」努力を強いるサービスが、生活インフラであるコンビニに近い密度で並んでいる現状は、人口減少社会において明らかに異常と言わざるを得ません 。
コンビニは毎日数百人が利用し続ける場所ですが、現在の「場所貸し型」ジムは一度挫折すれば二度と戻らない「消耗型」の側面が強く、出店速度だけがインフラ化しています。私は今のこの状況を、市場の活性化ではなく「静かなる自滅へのカウントダウン」だと捉えています 。今、現場で起きているのは、健全な競争ではなく「パイの食い潰し」であり、安価な会費で門戸を広げた結果、業界全体で「フィットネス失敗者」を街に溢れさせてしまっているのです 。
2. 「場所貸し」が生むフィットネス失敗者の悲劇
24時間ジムや格安ジムの多くは、徹底した効率化と低コストを追求した結果、スタッフによる指導や介入を極限まで削ぎ落とした「場所貸しビジネス」に成り下がっています 。
運動習慣のない初心者が、並んだマシンの前に一人放り出され、スマートフォンの説明動画を見ながら孤独に運動を始める 。しかし、数日も経てば、正しいフォームかどうかも分からず、効果も実感できないまま、何より「誰も自分の存在を気にかけていない」という疎外感に耐えられなくなります 。結果、数回通って挫折し、幽霊会員を経て退会していく 。
この繰り返しによって、市場には「やっぱり自分には無理だった」「ジムなんてどこも同じだ」というネガティブなイメージが溜まっていきます 。今の日本に溢れているのは「未入会者」ではなく、一度ジムを嫌いになった「離反者」です。一度大きな挫折感を味わった層の再入会率は極めて低く、私たちは業界の将来を担うはずの顧客を今、安売りで使い潰しているのではないでしょうか 。このまま無機質な箱を増やし続ければ、経営的に好転することのない、下落するだけのビジネスに確実に成り果ててしまいます 。
3. スタジオとプールが証明する「継続」の真理
一方で、従来型の総合フィットネスクラブに目を向けると、興味深い現象が維持されています。スタジオやプールのプログラムにハマった方の継続率は非常に、圧倒的に高い傾向にあります 。理由は明確です。
スタジオには「時間」があり、「指導者」がいて、何より「仲間」がいます 。「火曜日の10時にあの先生に会いに行く」という明確なスケジュールがあり、そこで交わされる他愛もない会話、励まし合い、一体感 。これら目に見えない「人間関係の磁石」が、個人の意志の弱さを補い、強力な継続の動機となっているのです 。
プールも同様です。泳ぐことだけでなく、水中ウォーキングやアクアビクスを通じて、高齢者を中心とした強固なコミュニティが形成されています 。そこには「居場所」があり、自分の名前を呼んでくれるスタッフがいます 。
対して、現在の多くのジムはどうでしょうか。総合クラブも含め、そこにあるのはイヤホンをして外部を遮断し、黙々とマシンを動かす「孤独な作業場」です 。効率化の代償として人間関係を削ぎ落とした結果、顧客にとってその場所は、いつでも替えの利く「ただの箱」になってしまいました 。箱の比較であれば、顧客はより近く、より新しい、より安い箱へと容易に移り変わります 。
4. ジムエリアを「作業場」から「人生の準備室」へ
トレーニングとは、本来その後のスポーツや快適な日常生活を送るための「ベース(基礎)」であるべきです 。ゴルフのスコアを伸ばしたい、孫を抱き上げても腰が痛くならない体が欲しい、あるいは登山を一生楽しみたい 。そうした多様な目的があるはずなのに、今のジムエリアは一部のボディメイク愛好者のための「作業場」に変質してしまいました 。
最近の若手トレーナーの多くが大会出場を目指すなど、ストイックに励む姿は素晴らしいですが、その価値観を一般顧客に無意識に押し付けてはいけません 。「ボディビルに出場するような人間が一番偉い」といった変な風潮は、一般の初心者を萎縮させ、遠ざけるだけです 。
前号で紹介した「ハイロックス(HYROX)」のような競技は、この偏った風潮を打破する絶好のアイテムです 。それは「筋肉の形」を追う内向的なトレーニングではなく、「動ける体」という社会性のある目標を追う外交的なトレーニングです 。幅広い層にチャレンジを与えるものですが、ここでも「人による正しい指導と思想の共有」が不可欠となります 。
5. 現場を救い、生産性を高める「二つのオペレーション改革」
こうした「指導の質」を高めようとする際、総合クラブでは、現場スタッフの疲弊が大きな壁となります 。一人のスタッフがスイミング、スタジオ、ジム指導と多岐にわたる業務をこなすマルチスタッフ制では、スタッフの体が持ちません 。全てが中途半端になり、最も重要な「顧客への介入」がおざなりになる危険性が高いのです 。
そこで私は、現場を健全化し、継続率を向上させるための「二つの改革」を提言しています 。
改革1:スタジオプログラム数の徹底的なスリム化 漫然と本数を並べるのをやめ、全てのクラスを「受けてよかった」と思えるメインプログラムとして再定義し、受講方法も見直します 。質の高い体験にリソースを集中させることで、スタッフの負担を減らしつつ、顧客の満足度を引き上げるのです 。
改革2:ジム常駐時間の見直しとサポートの明確化 営業時間中、トレーナーをなんとなくフロアに立たせることをやめます 。代わりに「サポートタイム」を明確に設定し、その時間内は120%の熱量で顧客に関わります 。これにより、スタッフの余裕(生産性)を確保した上で、顧客がジムでの目標をしっかりと掲げ、それに対してスタッフが確実に応えられる体制を作るのです 。
6. デジタル時代の販促戦略:チラシから「物語」の発信へ
こうした改革を断行したとして、次に立ちはだかる壁は「いかにして違いを知っていただくか」という認知の問題です 。スペック(設備や価格)の比較広告だけでは、資金力のある大手や格安ジムに一瞬で埋もれてしまいます 。
今後の販促戦略の肝は、「コンシェルジュ」的な人材の育成と活用にあります 。会員一人ひとりの背景を聞き出し、サポートするスタッフ 。彼らが現場で吸い上げた「リアルな変化の物語」こそが、最強の広告素材となります 。
「膝の痛みを克服して、再び山歩きを楽しめるようになった」「孤独だった定年後の生活が、ジムの仲間のおかげで明るくなった」
こうした血の通ったエピソードをデジタルの言葉に変換し、SNSや動画で発信していく 。企業が作った綺麗なキャッチコピーではなく、現場の「温度」が伝わる情報 。格安ジムに通って挫折した層に、「あなたの根気がないのではない。孤独だったからだ」というメッセージを届ける 。これこそが、他社が真似できない究極の差別化となります 。
7. 結論:人間回帰が創るフィットネスの黄金期
フィットネスクラブ経営の本質は、場所を貸すことではなく、顧客に「変化」と「自信」を提供することにあります 。コンビニのように便利で無機質なサービスも一つの形かもしれませんが、私たちは「人」でしか救えない層がいることを忘れてはなりません 。
手間をかけ、人を育て、顧客の人生に深く関わる。その泥臭いプロセスを、現代のデジタルという道具を使って正しく、熱を持って伝えていく 。
この「人間回帰」の戦略こそが、下落するだけの消耗戦から脱却し、業界をワンランク上のステージへと引き上げる唯一の道です 。私は、本当の意味でのフィットネス黄金期を、我々の手で創り出せると確信しています 。






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